2007年12月24日

史上初の快挙!サンドウィッチマンが敗者復活からM−1制覇!

サンドウィッチマン
若手漫才日本一決定戦「M−1グランプリ2007」(吉本興業主催)が23日、東京・六本木のテレビ朝日で行われ、サンドウィッチマンが優勝、賞金1000万円を手にした。敗者復活戦から勝ち上がりグランプリを射止めたのは、7回を数える大会史上で初めて。結成8年目でいまだ同居生活を続ける2人が、史上最多の4239組が参加した“笑いの祭典”の頂点に立った。



お笑い界、今年一番の“サプライズ”だ。プロ、アマを問わず結成10年以内のコンビが対象のM−1グランプリ。サンドウィッチマンが史上初めて、敗者復活戦から勝ち残り、優勝トロフィーを手にした。

審査の結果が出た瞬間、金髪でコワモテの伊達みきお(33)は「夢見心地です」とぼう然。どこか頼りなさそうな富澤たけし(33)は「上京して9年で、まだ相方と一緒に暮らしているので、これで引っ越しします」と舌をぺろりと出した。

一度は死にかけた身だった。敗者復活戦の行われた大井競馬場から、馬運車に乗せられてスタジオへ。しかし、途中で渋滞に巻き込まれて、バイクに乗り換え、番組放送中に駆けつけた。決勝9組のトリで登場し、「アンケート調査員」のネタで最高点の651点をゲット。さらに、最終決戦もトリで「ピザ宅配員」のネタを披露。優勝候補のトータルテンボス、キングコングを上回る、爆笑の渦を巻き起こした。

もともとは、宮城・仙台商業高校の同級生でラグビー部仲間。仙台吉本に所属していた富澤が、地元で福祉関係の仕事をしていた伊達を誘って上京したのが平成10年。当初は3人組だったが、1年足らずで1人が脱退。事務所も大手のホリプロに移籍したが、気がつけば所属タレント9組の個人事務所「フラットファイヴ」に所属していた。

33歳にしてなお、2人が同居する東京都板橋区のアパートは、木造の1DKで家賃は月6万8000円。事務所関係者によると「人が死んでいるといううわさがあるんです」という。昨年までは伊達が日雇いの力仕事、富澤が駐車場でバイトしていた。それも今年から本業だけに絞り、日本テレビ系「エンタの神様」などの出演や、月4、5本の営業で腕を磨いてきた。M−1には2回大会から出場し、5回大会で初めて準決勝進出。あれよあれよの間にシンデレラロードを駆け上がった。

「(ネタを披露中のことは)まったく、覚えていないんです。家に帰ってビデオを見直します」と、伊達は初々しいコメント。年末恒例の祭典、笑いの神様は苦労人にほほえんだ。

■サンドウィッチマン
ツッコミの伊達みきおは昭和49年9月5日、仙台市生まれ。ボケの富澤たけしは49年4月30日、仙台市生まれ。高校時代に知り合い、平成11年、コンビ結成。M−1グランプリでは17年、昨年と2年連続で準決勝に進出した。日本テレビ系「エンタの神様」(土曜後10・0)に出演しており、キャッチコピーは「ボリューム感の挟み撃ち」。




★紳助もびっくり

敗者復活戦からのグランプリ獲得に、大会委員長の島田紳助(51)も驚きを隠せなかった。最終決戦はサンドウィッチマンが4票、トータルテンボスが2票、キングコングが1票。優勝コンビに票を投じた紳助は、3度目の吉本興業所属以外の制覇に「技術は引き分け。審査員が厳正に審査していることが証明できた」と納得顔。早くもコンビに来年の番組出演の依頼があったことを明かし、「M−1の賞味期限は1年間。そこで結果を出せなかったら終わり。ボクの番組には呼びますからね」とアドバイスを送った。

また、暴力団との交際疑惑が浮上している漫才師、中田カウス(58)も審査員を務めた。


■決勝戦の審査員
中田カウス(58)、大竹まこと(58)、オール巨人(56)、ラサール石井(52)、上沼恵美子(52)、松本人志(44)、島田紳助(51)。巨人と上沼は初登場。


M−1グランプリ2007の順位
1位 サンドウィッチマン
2位 トータルテンボス
3位 キングコング
・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4位 ハリセンボン
5位 笑い飯
6位 ザブングル
7位 ダイアン
8位 千鳥
9位 POISON GIRL BAND



過去のM-1はこちらに!


ラベル:M−1 奇跡
posted by ちー at 18:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能:裏話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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